「写真の声を聴く」
WEB写真展
2024年3月31日・4月13日・4月27日実施

ゲストとして迎えた写真家、小林茂太さんとともに前半2回は各々の写真を見返し生まれた言葉から、技術的な側面だけではなく表現として、本当にサイアノタイプに相応わしい作品の選出を体験。
自身の仕事で日々考えていることや過去に感じていたことなど、1人ではなかなか難しい客観的に自分の写真と向き合うプロセスを、他の参加者の皆さんと共有した時間でもありました。

今回ご参加の3名の方々の作品を、ステイトメントとともに一挙公開します。

作家別作品

金子 直道 
Naomichi Kaneko

 

『Contradiction』

ガラスは、一見形が定まったもののように見える。しかし、分子のレベルでは配列を時々刻々と変えながら絶えず振動しており、個体と液体との中間の物性を持つと言われている。自由さと不自由さ。矛盾した性質を持つこの存在について考えていると、私たち人と似ていると感じるようになった。人も矛盾を抱える存在だ。自由を求めるが所属も望む。内向性と外向性。感情の鋭敏さと鈍感さ。矛盾した思いをひとつの心で掴みまとめながら私たちは生きている。見た目には変わらなくとも、中身は状況や立場によって刻々と変化する。私はこうした両面性にむしろ本質的なものを感じる。

今回、私はガラスのコップをデジタルカメラで撮影し、その映像をOHPシートにプリント、最終的にサイアノタイプにするプロセスを試みた。実体があるものを0と1の実体がない状態にし、光と水に晒すことでまた実体に戻す過程は矛盾する両面を行き来する様が現れているように感じられた。

佐藤 愛
Ai Sato

 

『traces』

写真は、流れる時間を止め、
いつの間にか頭の片隅で曖昧な記憶となり

忘れ去ってしまうであろう景色を
「瞬間」という単位で残すことができる。

私の写真におさまっている「瞬間」とは 一体何なのか、
そしてそれが誰に何を伝え得るのだろう。
8年前の私は、そんなことをずっと考えていた。

私がシャッターを切る瞬間を表すとすれば、
「言葉になる前の感情」が湧き起こった時だろうか。
反射的に自分の心が動いたときであり、
主観的に撮影をしていることが多い。

そんな一瞬一瞬を写真にして並べたとき、
どのような瞬間に視線を注ぎ、
何に感情を動かされ、

今いる世界から何を掬い上げたいのか。
私の視点がひとつの軌跡として
現れたように思えた。

船が通った跡を波が描くように、
芽生えた若葉が連なるように、
自分の心の内にも、
光の中に無意識に回想される幼少期や、
親から譲り受けた気質や面影-
瞬きをするように切り取った
流れる時間の断片には、

私が辿ってきた内面の道筋までもが
写り込んでいる気がした。

8年の時間を経て、
感情や思考の汲み取り方が変化した
「現地点」の自分には、

当時にはなかった想いや新たな視点が
足されていることに気づく。
そんな自分がこれまで積み重ねてきた
時間とその軌跡を、

今私が見ている光で
焼き付けておきたいと思った。

これからも、写真を通して、
その地点での確かな自分の感覚で
様々な想いや考えを心の中に循環させ、
軌跡として紡いでいきたい。

 

土屋 舞子
Maiko Tsuchiya

 

『あわい』

時間、空間、領域や事象の間(あわい)。

間は、ものとものが空間や意識としては繋がりをもちながら適度に違う属性が隣り合ったり重なり合っている部分で、多くの場合が普段は意識することがない些細なものです。不確かな現象のようなものかもしれません。しかし些細で不確かであっても、間が消えてしまえば、もの同士は分断され、連続性をもたない断片の散らばりとなります。環境や社会単位だけでなく個人単位に置き換えてみても、絶え間なく流れていると感じている時と時、記憶と記憶の間が失われれば、時間や自己のまとまりがたちまち失われていくことが想像できます。

私は、空間やものごとの主ではない部分、一瞬の中に消えていくようなものが、ものの全体を認識させ、今ここに時を刻んでいると感じさせる重要な要素と考え、カメラのレンズに飛び込んでくる様々な間を写真として拾い集めることにしました。

 

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